top of page
IMG_20200526_174332.jpg

ギリシア悲劇と『自由の国のイフィゲーニエ』

蜂巣もも

『自由の国のイフィゲーニエ』戯曲の構成

  1. 鏡のテント(中心人物:エレクトラ、オレスト両方の人格を兼ねそろえた人物)

  2. 自由の国のイフィゲーニエ(オレストがトーアス王からイフィゲーニエを解放する)

  3. 野外オリエンテーリング(兄の死体をショッピングカートに乗せたアンティゴネー)

  4. 古代の広間(何者か分からない男が古代に捨ててしまった未来を見つめる)

この4つのシーンからなります。

全てト書きはなく、役名もありません。

1. 鏡のテント

モチーフがギリシア悲劇のエレクトラとオレストという、母殺しをする姉弟の話が下敷きになっています。彼らは戦争から帰ってきた父(国王)を愛人とともに殺害した母クリュタイネストラに、復讐を企て殺害します。
第一回目で少し引用しましたが、姉と弟両方の言葉を話す者が登場します。作家はこの人物のことを後書きで、オレステエレクトラと名付けています。

09_edited_edited.jpg

近代的な男性的言葉遣いと、女性的言葉遣いが混濁しているのですが、姉エレクトラの人格が「あたしは降りるわ」と復讐をやめて、弟だけが革命的精神を捨てられず、猛り叫び、一人残ります。
中盤からエレクトラは挑発的でエロティックになり、オレストは暴力的になっていくので、結構破廉恥で、荒々しい質感。
欲望と快楽と革命で分裂していく様子は、最近のTwitterで頻繁に見るからか、ものすごく既視感がありました。このシーンを読んで、上演したいと実感しました。

2. 自由の国の
イフィゲーニエ

1章登場のエレクトラ、オレストがまだ小さかった頃、父(国王)は敵国トロイアとの戦争を控え、戦争の火蓋を切るために、長姉イフィゲーニエを生贄に捧げました。彼女は神によって引き取られ、タウリス島のトーアス王に預けられます。その地で異邦人を殺す生贄の巫女をさせられていました。
オレストは母親殺しを行った後、神々の審判によって、イフィゲーニエを解放するために友人ピュラデースと放浪の旅に出、タウリス島でトーアスを打ち負かし、イフィゲーニエを連れるというお話です。

04_edited.jpg

このシーンは、ギリシア悲劇も題材ではありますが、同じくドイツの大作家ゲーテの『タウリス島のイフィゲーニエ』もモチーフとなっています。

ギリシア悲劇版よりもゲーテ版の方が、最後までイフィゲーニエが、オレストとトーアス王が血を流して争うことをやめるよう、言葉(オペラなので歌いあげる)によって仲を取り持ち、頑ななトーアス王の心が動かされるという良作です。

新訳が市川明さん(清流劇場の上演)によって発行されていて、その翻訳が素晴らしいので興味のある方はぜひ。

ドイツでは、ゲーテがドイツ出身ということでわりと上演されているそうで、変わった演出のものもあるようです。

さて、フォルカー・ブラウン版では、オレストたちがイフィゲーニエを解放出来たその瞬間を扱っています。
こちらも役名はなく、弟やトーアス王など男性が太字のフォント、イフィゲーニエが普通のフォントと分けてあるように読めます。(違うときもあるので何らかの解釈が必要です。)
助けにきた弟と友人は、快楽的で野蛮な言葉遣いでイフィゲーニエとトーアス王を貶め、それを知ってか知らずかトーアス王は和平を喜び笑っていて、イフィゲーニエはその様子を批判しています。
過去、父に生贄として要求されたイフィゲーニエは、悩んだ後、使命感から進んで生贄となりました。その行為は結果的に、トロイア戦争で大変多くの血を流させることになります。またその後のタウリス島では、彼女が巫女となって多くの血を流させています。いくら平和が来て、恋焦がれた故郷に戻ろうとも、自身の罪は洗い落とせないと嘆く。
最後は赤子(誰の子かわからない、未来のモチーフ?)を叩き殺して、自らも海に身を投げ終わります。

3. 野外オリエンテーリング

オイディプス王の娘アンティゴネーが、弟と刺し違え国王から埋葬を禁じられた兄ポリュネイケスをショッピングカートに乗せて、スーパーマーケットにやってきます!

スーパーマーケットにいる者たちは、死体なんてここに持ってくるなと罵ってきますが、ラーフェンスブリュックの低温人間だと分かると喜び群がり、店の床が抜けて、その下にもたくさん死体があった!と喜び叫んで終わる、リズミカルな短い章です。


東ドイツにとってスーパーマーケットは資本主義/西側の象徴。憧れていた裕福な象徴でもあります。

ラーフェンスブリュックとは強制収容所があった地名、また人体実験がよく行われていた場所です。

大量生産と大量死を繋げて、プロパガンダ的なリズムで進むシーンです。

02.jpg

4. 古代の広間

ここは無言劇のような作りで、ギリシア悲劇のモチーフはありません。
殺風景な滑走路に作業員らしき男がやってきて佇んでいるところに、美しく挑発的な女が現れ誘惑するものの、男は彼女を裏切って滅多打ちにし、自らの性器を潰して、色あせた未来を願望します。

11.jpg

""

畑のなかまでのびる人気のない滑走路に一本の松が生えている。かつてここが森だったときの律儀ななごりだ。どうやってコンクリートに根を張れたのか。いまはコンクリートが松をこの地につなぎとめている。松の梢が、粘りつくような光のなかで、切り裂かれたように見えている。そのシルエットは周囲の状況をけっして受け入れようとしない頑固者のようだ。滑走路の黒い縁から漏れ出した赤みを帯びた水が下水の蓋の下に流れ落ちている。もちろん、畑で刺し殺される大量の動物の血だ。……

""

フォルカー・ブラウン 『自由の国のイフィゲーニエ』 第4章 古代の広間より

印象的な描写で、ダリの絵を彷彿とします。

bottom of page